目に見えるものだけが全てではない 『フロッグマン戦記 第2次世界大戦米軍水中破壊工作部隊』に描かれた真実【緒形圭子】
「視点が変わる読書」第8回 『フロッグマン戦記 第2次世界大戦米軍水中破壊工作部隊』アンドリュー・ダビンズ著
何が起きるか予測がつかない。これまでのやり方が通用しない。そんな時代だからこそ、硬直してしまいがちなアタマを柔らかくしてみましょう。あなたの人生が変わるきっかけになる「視点が変わる読書」。連載第9回は、アンドリュー・ダビンズ著『フロッグマン戦記 第2次世界大戦米軍水中破壊工作部隊』を紹介します。
◾️歴史の奥底に沈んでいた「米軍部隊UDT」の存在
年の初めに読む最初の一冊を何にするか――。
毎年頭を悩ませる問題である。
いつかは読もうと思っている古典、例えばギボンの『ローマ帝国盛衰史』やダンテの『神曲』に挑戦してみようか、いや正月なので日本について改めて考えるため小林秀雄の『本居宣長』でも読むか、いやいやそんな肩肘張らずに大好きなカポーティの小説にしようかな、などとさんざん考えた挙句、結局仕事の本を読んでしまったりする。
去年は映画公開に合わせ、本を紹介する急ぎの仕事があって、『ハウス・オブ・グッチ』を読んだ。世界的高級ブランド「GUCCI」を経営するグッチ家の骨肉の争いを描いたノンフィクションで、映画では、主役の三代目社長夫人パトリツィアをレディー・ガガが演じて話題になった。
今年は幸いそうした仕事がなかったので、年末に日本橋の高島屋で正月の買い物をしたついでに向かいの丸善に行き、年明けに読む本を探した。文芸の本棚を一通り物色した後に歴史の棚に移った時だった。平積みにされている深いブルーの表紙の本に目が止まった。「フロッグマン戦記」とタイトルが白抜きされ、帯には「最強の、特殊工作部隊あのネイビーシールズはここから誕生した!」という黄色の文字があった。
私は特に戦史に興味を持っているわけではない。「あのネイビーシールズ」と言われても、それがどういうものなのかさえよく分からない。けれど何故か気になって手にとった。訳者あとがきを走り読みし、この本がアメリカ海軍の特殊部隊「UDT(水中解体チーム)」について書かれたノンフィクションであることが分かった。
普通ならそこで本を棚に戻すところだが、私はそうしなかった。本をレジに持っていって購入し、元日から読み始めたのである。何故かと聞かれても自分でも理由が分からない。ただ読みたかったから、としか言いようがない。あるいはこういう言い方ができるかもしれない。
私はこの本に呼ばれた――。
第二次世界大戦末期に連合軍によって実施されたノルマンディー上陸作戦は兵力の凄まじさから「史上最大の作戦」と言われる。映画の題材にもなっているが、最も有名なのは『The longest day(邦題「史上最大の作戦」)』(1962年)だろう。
原題を直訳すれば「もっとも長い日」となり、その日は1944年6月6日である。この日の未明からの英軍によるグライダー、パラシュート降下が始まり、艦艇約600隻の援護の下、4000隻の輸送船艇が5個歩兵師団、3個機甲旅団基幹の兵力をノルマンディーの海岸5か所に上陸させた。映画には、上陸用舟艇に乗った連合軍の兵たちが次々に海岸に降り立ち、直ちにドイツ軍と激しい銃撃戦となる場面があるが、実はこの兵たちよりも前に海岸に潜入した者たちがいた。米軍部隊UDTである。彼らは泳いで敵地に潜入し、ドイツ軍がノルマンディーの海岸に設置した障害物を解体、破壊し、味方が進む道を作ったのだ。
敵が海から上陸してくるのであれば、海岸に障害物を置くのは当然だろう。またそれを破壊しなければ上陸できないのも当たり前だ。けれど私はこれまで、第二次世界大戦でそんな解体隊員が活躍した話は聞いたことはないし、映像で見たこともない。勉強不足と言われればそれまでだが、一度もその存在に触れたことがないのが不思議だった。
それがどうしてなのか、この本を読んで分かった。UDTは米軍の極秘部隊であり、第二次世界大戦中は存在そのものが秘密だった。1962年にケネディ大統領の下、米軍海軍特殊部隊ネイビーシールズが結成され、ベトナム戦争で活躍。このネイビーシールズの存在は映画やドラマで取り上げられたこともあって広く知られるようになったが、その前身であるUDTは現在にいたるまで脚光を浴びることがなかったのだ。
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